プロフィール

しーシュ

Author:しーシュ
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    しーなとシュウ
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ピアノ&ボーカル 椎名まさ子
ベース&ボーカル 梶山シュウ
デュオユニット

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04月08日(日)


しーなです。

今年の桜は早かったですねぇ。
広島では、4月1週目にしてすっかり葉桜となりました。


例年3月末から4月の初旬にかけて春ツアーを敢行しているので
ほぼ、春の遠征は桜とともに過ごしている我ら。

昨年は、奈良の奥地(ほぼ秘境に近い)での「さくら祭り」に、ゲスト出演しましたが
気温も低く、桜は蕾も固くほとんど咲いていませんでした。
それでも、各地から大勢のお客さんが集まり、イベントはたいそう盛り上がりました。

花見マジック、ってやつでしょうか。

桜に集まる日本人というのは、
花見というだけでワクワクして、
弁当やらお酒やらを持ち込んで腰を据えたくなり、
桜の樹の下の宴 というだけで浮かれてしまい、
気分はすっかり春爛漫、
鼻水が出そうなのも忘れ、
、、、風邪をひいたりする。


しーシュは、昔からよく家族や仲間と集ってお花見をしてきました。
基本は持ち寄り。
シュウがインド料理を作ってきたり、
ワタシがコンロを持ち込み 湯豆腐をつついたり、
花見の席にピザの宅配を頼んだこともありました。

そして、
毎回、切り上げるきっかけになるのは、
「寒さ」なのです。


花冷え、という言葉があるように
浮かれる気分とは裏腹に、気温はけっこう低い時節。
丁度この時期に、北から冷たい空気を抱えた高気圧が南下してくるため、だそうですが。

それで体調を崩したりもする。


今年は、ぱんぱかトリオの3人で
リハーサル後、突発的に自転車を漕ぎ近所の川べりへ出かけ
プチお花見をしました。

まだ一分咲き程度だったのでほとんど人もおらず、いたって静かで呑気なお花見でした。
そして例によって、寒くなり解散したのですが、、、
ですが、、、
、、、シュウは数日後、ツアー前日にギックリ腰をやらかしてしまいました。

もしや、、、あの時に冷えたのが、、、


ギックリ腰とともに春のツアーを往くのは、実は初めてではないのです。
それもこれも、花冷えのシーズンだからということでしょうか。
いやしかし、
ワタシも経験者ですが、息ができないほど痛いギックリ腰。
ましてやツアー中は、楽器を背負いトランクを抱え、
列車や車を乗り継ぎ、ライヴしてまた移動して、の繰り返し。
マジで、さぞかし しんどかっただろうな、と思います。
口数も少なかったような、、

ホンにお疲れ様でした。



来年から、花見の席では、
シュウには、パッチを履き 重ね着をしまくり 全身にカイロを貼って、
しこたま熱燗を呑んでもらおうと思っています。


みなさまも、ご用心。





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03月01日(木)

この初春の九州ツアーで、会場入りまで半日 自由時間が取れた日がありましたので、太宰府にすこし寄ってきました。

しーなさんの娘さんの学業成就を祈願す、とのことで、ははぁここはさういふ神様の神社なのか、と。

まァわっしはツイデですので、しーシュの成就を祈願しました。

神社仏閣にはもともとそれほど興味がなく、ましてや名所旧跡にも興味が深くないので、これまで気に留めてませんでしたが、旅をするやうになると、各地の神社やお寺を訊ねたりするやうにはなりましたね。
ひとり旅の時、ぶらぶら町を歩いてゐても、道祖神や祠、などを見かけると自然に手を合わせるやうになりました。
クリスチャンのわっしですが、さういふのは「宗教」とは関係ないハズです。

太宰府ではいろんな発見がありました。

中でも目から鱗、だったのは『飛梅(とびうめ)』てのが、梅の品種ではなかった、といふ事ですか。

わっしぁてっきり桜のソメイヨシノ、だとか梨の幸水、とか、さういふ梅の『品種のひとつ』だと思ってたのですね飛梅。

飛梅伝説
平安時代の貴族・菅原道真は、平安京朝廷内での藤原時平との政争に敗れて遠く大宰府へ左遷されることとなった延喜元年(901年)、屋敷内の庭木のうち、日頃からとりわけ愛でてきた梅の木・桜の木・松の木との別れを惜しんだ。
                <中略>
伝説の語るところによれば、道真を慕う庭木たちのうち、桜は、主人が遠い所へ去ってしまうことを知ってからというもの、悲しみのあまり、みるみるうちに葉を落とし、ついには枯れてしまったという。
しかして梅と松は、道真の後を追いたい気持ちをいよいよ強くして、空を飛んだ。ところが松は途中で力尽きて、摂津国八部郡板宿(現・兵庫県神戸市須磨区板宿町)近くの後世「飛松岡」と呼びならわされる丘に降り立ち、この地に根を下ろした(これを飛松伝説と言う)[1]。
一方、ひとり残った梅だけは、見事その日一夜のうちに主人の暮らす大宰府まで飛んでゆき、その地に降り立ったという。




へ〜〜〜〜っ!
そんな伝説があるとはつゆ知らず!
RIMG3717.jpg

しーなさんからは『それを知らずしてアンタは『飛梅』を歌ってたのか?!』と呆れられてしまひました。

まぁ日頃 賢しらな言動が多いわっしを「博学」だと思ってゐる人も多いと思ひますが、実際はこんなもんですよ。
へへへ


あ、太宰府で知ったもぅ一つの新発見は、「梅ケ枝餅」てのが別に梅の味がするわけではない、といふ事ですか。
たっぷりの餡子とやーらかい餅がアツアツで、たいへんおいしぅございました。

もみぢまんぢうのやうなバリエーションで「梅味」があっても良いやうに思ひましたよ。
RIMG3691.jpg
 
02月02日(金)

しーなです。

もう如月になりました。
一年など、あっという間ですねぇ・・・


先月の新春ツアーで北陸を訪ねた時、豪雪に見舞われ車で立ち往生した話は、
その後のライヴMCで喋りまくっておりますが、
今日はその時の、車中の話題について。


大雪で完全に停滞してしまった海沿いの国道。
寒くて狭い車内で三人(我らと パーカッションのヤマダベン氏)は、
長い時間を共に過ごした訳ですが、
会場へは辿り着けずライヴはロストし、帰る道も閉ざされた最悪の状況下でも、
話題が尽きることはなく、とても和やかでした。

全行程を運転してくれたベンちゃんは、富山在住。
遠征先の話(ロシアでの渋滞の話など興味深かった)などをしつつ、窮地を果敢に乗り越えてくれました。
私とは、初対面から二日目でしたが、気さくなお人柄もあってすっかり意気投合。


そのベンちゃんとシュウの共通点が
「食パン好き」であることでした。

シュウの食パン好きは私も知っています。
よく「食パンの布団で寝たい。目が覚めたらすぐ食べれる・・」
などと、訳のわからないことを言っています。
美味しい食べ物に出逢うと
「これを食パンに挟んで食べたら どんなに美味いだろう」と必ず言います。


案の定、ある時 車内で「食パン自慢」が始まりました。
(私は黙って聞いていました・・・)
で、どれだけ食パンが好きかということの、食べ方談義になりました。

シュウ : ワシは、食パンの耳(端っこ)をフライパンで油で炒めて、
    塩胡椒で味付けし、それを食パンに挟んで食べるのだよ。

(しーな : なんだソレ? )

ベン : お!パン in パンですな? シュウさん やりますねぇ。
   ワタシは、明太マヨパンなどは味が濃いんで、いつも食パンに挟んで食べるんですよ。
   みなさん、そうしますよね?

(しーな : しないっ!誰もしないっ!)

シュウ : おお!美味そうだねソレ。今度やってみやう!

・・・車内は、食パンの香りに包まているような 明るい笑い声で満たされました・・・


雪道の立ち往生は酷くなるばかりで、
結局17時間、大雪に閉じ込められた我ら。

そして、三人の命を救ったのは
何を隠そう、
渋滞の始まった頃、ベンちゃんがコンビニに走って買ってきてくれた
『食パン』
でした・・・


ありがとう、ベンちゃん。
ありがとう、食パン。


北陸、必ずリベンジします!!!


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01月03日(水)

IMG_0966.jpg
しーなとシュウです

明けましておめでとうございます。
旧年中は色々とありがとうございました。

しーシュ2005年の発足(しーなとシュウを名乗り始めて)から13年にならうとしております。
この辺、情報が錯綜してゐて、14年とか12年とか諸説ありますが、2005年の8月に初めてふたりだけでライヴを行い、その年の暮れにかけてユニットが結束していった記録が残っておりますので、今年の8月でまる13年、といふ事になるやうです。

これまでに作ったオリジナルを羅列してみます。
長くなるが、まぁご覧ください。

(時系列は無視)
駱駝
年をとった鰐
ひつぢは意外と気が荒い
亀の庭
梅雨の仙人掌
毬藻あり〼
爪研ぎうた
夜中に猫が鳴いてゐる
しゃばだバ
眠るとかげ
水母の夢
ペンギンカフェで逢いませう
夜の駱駝
Dance
ぎやまん
砂に泣き
苔の記憶
夢見るアンコウ
コクーン
羽の記憶
刻つむぐ舟
ジェラシィ
あじさい
みみづく時計
ハイギョ
シャミーラム
サイドカーに犬を乗せて
たそがれ
くちなわは語った
紫の狐
月の裏の約束
月の路
みんな月を見てゐる
ツアー
木天蓼の夜
ナガレモノ
わるい人生
ことほぎの唄
星を巡る旅
しはすはすすむ
ナハト
メアンキエリ
たれかとGood luck
京子と行った最後のナタリー
風早
おかえり
ごっとりさん
かげろう
オイデナサイヤ
夕暮れ前
川をわたる風
冷たい指のアリス
しをりのバラッド
うねり
よぅそろ
此岸之朱
氷でできた月の夢
わたしはモナカ
赤い月
びしゃもん台
遠い街
サンダル履いて
いらっさい
日々是如何に
夜のバス
ロマンティック・ラストワルツ51

これに、年末完成してお披露目に至ってない「クリヴォ・ホロ」を加えて、全部で67曲。

みなさんどんだけ知ってますかね?
知らない曲はありますか?

とは云へ、クリヴォ・ホロだけでなく、出来てなん年も経ってゐるけどまだ人前で演ってない、みたいな曲や、1〜2回しか演った事がない、なんて曲もありますのでね。
さういふ「裏ボツ」も羅列してあります。興味ある方は調べてみてね。

去年は、リハの時間があまり取れなんだ、といふのもありますが、3曲しか増えませんでした。
まぁ、67曲もあるのだから、もぅ良いぢゃない?といふ意見もありますが、無理に作ることはなくてもやはり、曲を作るといふ作業は、ライヴとまた違った楽しみがありますので、浮かんだ曲は形にしてゆきたいですね。

今年はなん曲出来ますことやら・・・。

てな訳で、今年も旅にライヴにレコーディングに営業に、しーシュは走り続けます。
すすめ中年デュオ!
我らに明日は(あまり)ない

本年もどぅぞよろしくお願いします。


 
12月03日(日)

シュウですが、けふはピアノの話しをしませう。

ピヤノ。←古い書き方だとかうなります

正式にはピアノ・フォルテ。

もっと云へば グラヴィチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテ。

そこまで来るともぅどーでも良いですか。さうですね。

我が相方のしーなさんはピヤノを弾いて唄う人でありますね。
これはワシらが出会った頃・・いや、噂だけで「あるところに椎名まさ子、といふ美形の音楽家がゐる」と聞いてゐた頃から不動のスタンスです。
しーなさんと云へばピヤノの人。

ピヤノも弾くけどキーボードやシンセもバリバリ、といふ、いわゆる「キーボーディスト」とも違います。
シンセもキーボードも時には使ふけど、あくまでピヤニスト。

生のピヤノ、といふ楽器に限定した時の話ですが、これを弾く人・・・ピアニスト、といふ人たちは、世界中の楽器弾きの中でも、かなり特殊な部類に入ると思ふのです。

なぜか?

楽器弾き、といふのは普通、自分の慣れ親しんだ「愛器」を使います。
これでないとダメ、みたいな人もたくさんゐます。

まぁ、あまりにも、の理由があったり、ちょっとした仕事だったりすれば、現地の借り物を使ふ、といふ事もないこたぁないですが、「いざ勝負!」といふ時には、やはり自分の一番使い慣れた楽器を使いたいのが、楽器弾きの心情です。
管楽器に至っては、唇をつけて息を吹き込む、訳ですから、自分の楽器以外のモノを使う、などハナからありえない話しなのでせう。

・・が、ピヤニストだけは、このセオリーに当てはまらんのです。

さう。自分の楽器を持ち運べない。
彼ら彼女らは常に、自分の手持ち楽器以外の楽器で勝負せねばならない、といふ点で、なによりも特殊なのです。

スゴい人になると自分の楽器を運んだりする人もおるのでせうが、あんまり聞いたことがないですな。
たいていが、店置きか会場置きの楽器を使ってパフォームする。

そして、全てのピヤノが置いてある会場で、すべてのピアノが大切に管理されてゐる、といふ訳でもないのです。
なかには調律が狂ってゐたり、鍵盤がなかったり、押したら二度と戻って来ぬ鍵盤なんかがあったりもする(実際あった)。さういふ「当たるもハッケ当たらぬもハッケ」みたいなところで勝負してゐる、ぢつは無頼の人たちなのです。

ぢつはわっしは若い頃に「酒場のピヤノ弾き」を生業にしてゐた事があります。
生家にピヤノがあったので、たはむれに弾いてゐたら、20代中盤頃にはコード奏法ならばそこそこ弾けるやうになっており、それを聞いた友人のギタリストが
『お前、ピヤノ弾けるって?』
『うん。ちょっとね』
『キャバレーで弾く仕事あるんだが演らん?』
『やるやる!』←わっしにはかういふ怖いもの知らずなところがあります

といふ事で、フィリピンパブのピヤノ弾きとして、3年間弾いておりました。
たいそう立派なグランドピアノが置いてある店で、まぁ他にもメンバーがゐたので、それに混じって適当なピヤノを弾いてギャラをもらっておりました。

・・・・適当、とは言ってもお客や店の子の歌伴をせなならんのですから、けっこう大変でしたよ。
トランスポーズやヴォイシング、リハーモナイズにリアレンジ・・・。
この時代、ベースだけではなかなか体得できない楽典の大部分を、現場で勉強した、と云っても過言ではないでせう・・・・。

そんなテキトーなピヤニストであったワシですら、「鍵盤って店が違うと全部違うから大変だな」と思ってゐた訳ですから、実際のピヤニストはなにをいはんや・・・。
あんがい、「ピヤニストとはさういふもの」といふ前提で成り立つニッチなのだから、彼ら彼女らはそこまで気にしてないのかもしれませんが・・・・。
にしても、因業なパートではありますね。

旅が多くなり、全国あらゆるところであらゆるピヤノ(か、それに類するもの)を弾いて、パフォームするしーなさんを、改めて大したお人だ、と思ふ訳です。

えらい!。

でもまぁ、もぅしーシュのかういふ活動も長いんで、そろそろ、電気ピヤノの音源が刺さってないのに音を出そうとするのはナシにしていただきたいですな。

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