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プロフィール

しーシュ

Author:しーシュ
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    しーなとシュウ
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ピアノ&ボーカル 椎名まさ子
ベース&ボーカル 梶山シュウ
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06月14日(金)

ぶろぐ3回連続でわっしシュウの投稿となります。

この時期恒例でしーなは国外放浪中。
今年は添乗員もガイドもなしに伊太利亜なんぞに行ってるさうです。
無事の帰国をお待ちしませうね。
フレンツェでハンニバル博士に見つからないやうにね。

夏に向けてこないだ久しぶりに頭を剃りまして。
まぁつるつるに剃った訳ではなく、ボーズぐらいのもんですが、此処んところ中途半端に伸ばしてたので、なんかスッキリしました。髪型を変える、といふはてきめん気分を変えてくれるもんですね。

20代の頃、づいぶん長い間長髪だったのをバッサリ剃ったときは、「人生なんでもできる!」みたいな気にさえなりました。単純でしたねぇ・・・。
それ以降は、まぁ伸ばしては剃り、伸ばしては剃り、を繰り返し、気がついたらあんまり生えて来ぬやうになってゐて、髪を切る(剃る)感動は薄れました。
それどころか、意を決して切った髪の毛の量のあまりの少なさに愕然とする事もあります。
「3年伸ばしてこれかよ!?」
といふやつですね。

昨今、健康な髪を持つ女子の間で「ドネーション」といふ制度が広まってゐるやうで、こは美容院とかで切った髪の毛を、しかるべき団体に寄付する、といふ事のやうです。病気やその他の理由でウィッグ(かつら)を冠らねばならぬ人のための、そのウィッグの素材になるさうです。
知人にも数名これをやった人がおるやうですね。

此処数年で男子のスキンヘッドが急増した感がありますが、わっしが初めて頭を剃り上げた時(最近は「スキンヘッド」と呼ぶと語弊があるさうで、「シェイブドヘッド」と言った方が良いさうですよ)は、まだあんまりさういふファッションは流布してをりませんでしたので、かなり奇異な目で見られたのは確かです。
怖がられもしましたよ(こんなに優しい目をしてゐるのに)。

まぁシェイブドはあれで、相当に面倒な「髪型」でありまして、あれをちゃんと維持するのは、やはり相当オサレにマメでないと難しいです。なんせ常に剃り上げてないといかん訳ですんでね。
それに比ぶれば「ボーズ」は本当に楽です。

壱回シェイブドを経験すると(似合うことがわかると)、後の人生が楽です。
歳とってホンマに髪が生えて来ずにみすぼらしくとも、最終的には「剃ればいいんだから」と開き直れるのは、だいぶ強いですね。

な訳で、またボーズなシュウになりました。
日々の暮らしがさらに楽になりましたよ。
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05月14日(火)

シュウですよ

音楽を仕事にすると、「英語の歌を唄わねばならん」といふシチュエーションが多々あります。

もとより「洋楽」から音楽に興味を持った世代なので、なにかカヴァーを、と考へたときには、やっぱり洋楽=英語の歌が脳内では優先されますね。
若い世代では、もぅ初っ端から邦楽=J-Pop、てのも珍しくないやうですが・・・。

でまぁ、わっしなんぞ学校の授業で英語の出来が良かったことはありません(激烈に悪かったこともないのですが・・・)ので、英詞を歌うと云へども英語が分かるわけでもない。
それらしく歌えはしますが、英語を読んでゐる、感覚とはちょいと違います。
それと逆に、ネイティヴ・スピーカーの方が、歌になると急に「?」となるケェスには、何度も遭遇してをります。

やはり「歌」は「言語」ではあっても「音楽」に含まれてゐるもので、それは言語としての完成度とまた違った完成度が求められるものなのでせうね。
数々の米国スタンダードナンバーのカヴァーを残した昭和初期の大歌手たちにも、英語が全く読めなかったといふ人も多かったと聴いたこともあります。
まぁ比ぶるのは烏滸がましいですが・・。

こないだ久しぶりにソロでラウンヂ演奏の仕事をこなしたとき、客席に欧米からの旅行者が居られることを知らず、英語の歌を歌いまくってをりました。終演後、そのことに気付いて慌てたのですが、その旅行者(ニュージーランドからの旅行者で、三世代家族)は、『たいへん良い歌をありがとう』と云ってくれました。
まぁ社交辞令もあるでせうが・・・。

場によっては『英語の歌を』と求められるケェスがあり、その場合「しらんぞ〜」と思ひながら演ります。
多くの場合、それを求めた側は特に英語の素養はなく、ただ単に「その方がオサレだ(に思える)から」に過ぎません。
で、わっしの経験上、「あんたの英語はデタラメだね」といふやうな事を云ふのは、間違いなく日本人ですね。
英語圏の聴き手からそのやうなクレームを受けたことは、今のところ一度もありません。

わっしはなぜか昔から、外国人に話しかけられることが多く、なんやかんやコミュニケートしてゐる様を見た友人に『お前の英語力で、なにをあんなに喋っておるのだ?』と不思議がられます。
まぁ話半分で無理やりコミュニケートしてゐるだけなのですが・・・。

「ハロー」すら云へなんだ友人が、ある日突然カリフォリニアへ行ってしまった、といふ事例がありまして。
まぁ典型的な直情行動型の人間のなせる技、としか言ひやうがないのですが、きっと彼のやうなタイプの人間には『言葉が通じなかったらどうしよう』などといふ思考回路はないのでせうね。羨ましくはあります。
数年して帰ってきたときには、フツーに英語を喋ってをりました。

そんなわけで(?)ここ数ヶ月くらい、ぢつは軽く英語を勉強してをります。
ラヂヲのさういふ講座をマメに耳にし、気が付いたところをメモに取り、といふ程度の勉強ですが、まぁ何もせぬよりはマシといふ自負にはなるのでせう。

質疑形式のトライアルにチャレンヂするのですが、これがことごとく間違えるのですよ。
いかにデタラメな英語でインドやらメキシコやら中国やら(中国は英語はほぼ通じませんでしたが)行ってきたのか、がよぅわかりますね〜。

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04月11日(木)

最近、なにやら『シュウ」といふ名前をよく聞くな、と思って調べたら、どーやらさういふ名前のイケメンキャラがアニメにゐるらしいがこちらはイケメンではない梶山シュウです。

いやいやいや・・・平成が終わるさうですね。
気づけば30年以上。
即位が早くて長生きした昭和天皇の60年以上には及びませんでしたが、まぁ、30年と云へば短くはないですな。

思へば、すべての価値観が音を立てて変わっていった感のある「平成」といふ時代でしたな。

考へてもみなさい。
まだ「テレホンカード」が贈答品として有り難がられてゐた頃から、たった30年で、今や「ケータイ電話」すら時代遅れな代物です。「コンピュータなんぞ素人が自宅に持ってなにすんねん?」と云はれてた頃から、たった30年で「あ〜俺ってパソコン見ないんス、ぜんぶスマホで」といふ時代に!。

仮にこの30年ナニかで意識を失ってしまい、今目覚めたとしたら、それはもぅ別の惑星に来てしまった錯覚すら覚えるのではないでせうか?。さうあの旧名作映画「猿の惑星」のやうに。


音楽では、あの空前のバンドブームがあり、社会現象となった「アマチュアバンド」といふものも、今やすっかり下火になりました。昨今は外に出ないで自宅で音楽を発信することは当たり前で、人前に出る必要のなくなった音楽家は「カッコ良い存在」であることも放棄しました。上下スウェットのボサボサ頭のデブ(←タマタマこないださういふ人の特集を読んだ)でも音楽界の寵児たりうる時代となり、かたや ほぼなんの才能もない見てくれがケバいだけの子供の集団が、仕掛け人の腕次第でTVの音楽番組を席巻する時代となりました。

パンクがフォークと合体して「メロコア」なるものが生まれ、「青春パンク」などといった訳のわからんジャンルが出来ました。ロックはひたすら低音化して行き、しかし本質的には30年でさほど変わったものはなく、古くからロックを聴く者からすれば、どれも「焼き直し」に過ぎぬ感は否めない。

その昔「パンク」に必要とされた既存社会への強固な反発や蹉跌は、「ラップ」といふものに引き継がれ、そのラップもまたソフィスケイトされ、「レゲエ」は戦いの音楽から癒しの音楽へ変貌しました。

ハード面ではDATとMDが生まれ、そして驚くべき速さで消えて行き、レコードがCDに追いやられ、店舗から姿を消し、そしてそのCDすら買われない時代になり、なぜかまたレコードが静かに必要とされてゐる・・・。


オモロいっちゃオモロい時代だったと思ひます。
個人的に、平成真っ只中の30〜40代にかけては、仕事が充実してゐたこともあって、ホンマに好きな音楽だけに没頭できてゐた気がしますね。

遍歴だけを追っても、R&B系バンドのシムプルなベース弾きからジャズロックバンドの変態プレイヤーおよびコンポーザーとなり、ベースソロでのパフォーマンスを始め、自分がリーダーを務めるプログレバンドを設立し、ソロでのツアー「唄旅」が始まり、そしてしーシュの結成、と、よぅ色々と頑張った30年、と思ひます。

音楽家として一番アブラの乗ってゐた時期に、現在につながる重要なパーソンと多く出会えたのは、ホンマにラッキーでしたね。こっから先はわからんですが・・・。


で、まぁ、気づけば「平成」も終わるんださうですよ。
まぁ、さうでせうよ。

ひとまわり若い世代のミュージシャンたちの意外にも多くのものが「平成最後」とか「令和最初」にこだわってゐる姿には、なんか違和感を覚えずには居れぬのですが、まぁ30年の間に、音楽をやる、といふことはさういふ事に変化したのでせう。

歌は世に連れ世は人に連れ


さ、唄を作りませうか。

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02月14日(木)

音楽生活における周辺環境・・・・と云ふと大げさですが、まぁ音楽家の身の回りにあるものは、すべからく「消耗品」とも云へるわけです。

おぉきく括れば「楽器」だって消耗品には違いないですね。
使えばヘタってくるもの・・・。
だからメンテが必要だったり、過ぎれば「壊れた」りもする。

けふ話題にしたいのは、スタヂヲや音楽教室、ライヴ会場における消耗品の代表「譜面台」につひて

これを壊すやつのあまりの多さに辟易するのです。
会場側の管理に問題があるところもありますが、まぁ大抵がそれらは心ない出演者、利用者によって壊されるわけです。

これをザツにいじる音楽家のなんと多いことか!。

ネジを力任せに締める。
締めた上でそれの角度や高さを変えんと動かす。
倒す。
開き方が分からんのに無理やり開こうとする。
曲げる。
やたらデカく重い譜面(ことによってはPC)を載せる。
また倒す。
畳むときも力任せに畳む。
投げる。
蹴る。

譜面台は、販売してゐるメーカーによって製品の個性が甚だしく、軽いもの重いもの、また分解できるものがっしりしたもの色々あり、また使い手の癖によって、角度、高さ、質感などにもバリエーションが求められ、云ふなればぢつは『けっこう上級者向けの備品』でもあります。
だから慣れぬと使いにくいのはわからんでもない。
が、なんでもっと丁寧に扱えぬのか?と思ふ。

メーカーによって違う「開き方」だってよく考へれば分かるし、ネジでもあんなに強く締めまくる必要はない。

角度の調整だって始めからちゃんと調整すれば良いものを、組み立ててから調整しやうとするから壊れるんだ馬鹿たれが。

辞書みてぇな分厚い譜面の束を譜面台に載せるな。

そもそもスタヂヲに来る時点で歌詞ぐらい覚えとれ。

まぁ珍しく熱く下品に激昂してしまったのは、ウチに併設してゐるスタヂヲの備品がまーぁよく壊されるから、であります。気づけばマトモに使えるものがなくなってる、みたいなことも・・・。

消耗品はたしかに「消耗」し、いつかは使えなくなるものではあるけど、扱いによってその「消耗」の度合いは全然違いますんでね。
まぁせいぜい大事に扱っていただきたいもんですよ。

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*梶山シュウ音楽教室では、春の新規受講生を年じゅう募集中であります。
電気ベース、生ギター、歌、ヴォイトレ、弾き語りコースなど各種取り揃え。
伸び悩むベテランから楽器を持ったこともない初心者まで、懇切丁寧に指導
 
12月06日(木)

しーなさんところのネコ=モナカとムギ、がよく話題になります。

彼女がSNSをやりはじめ、あの人の性格上、「我が!」とかさういふ記事を載せるのも憚られ、さうは云ふても律儀な人なので、登録して投稿せん、といふ不義理も憚られ・・・
といふことで、毎日ネコの写真を掲げる、といふ試みをやってみたところこれがアタり、今や全国どこに行っても『モナカとムギは元気?』と訊かれたりもします(最近は以前ほど頻繁には更新してないやうですが)。

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*彼女にはどんな猫とも瞬時に理解し合う、といふ特技があります。


ちなみにしーなさんとこにモナカの前にゐた、モナカと同じ毛並みの「ビビアン」といふ猫は、なぜかわっしに異常に懐いてをり、わっしを見つけると駆け寄ってきたりしてました。「おいで」と云ふと膝に乗ってきたり、明らかにあるじのしーなさんよりも、わっしと心を通わせておったやうに思ひます。

モナカは今のところわっしの顔を見ると慌てて逃げて行きます。
瓜二つですが、当然ながら性格は全く違いますね。


ニンゲンの共存相手=ペットとしていにしえより馴染む猫と犬。

犬はその性質上、「集団(アルファ)」を重んじ、集団の中での自分の立ち位置を、生き方の中心に据える、と云はれております。それが異種である人間社会であっても。
ので、犬は基本的に本能的に「他者に好かれやうとする」性格を持ち、だからこそ精神的な交流のみで、ニンゲンとあそこまで深く心を通わせる事ができるのだらうと思ひます。


猫はさうはいかん。

なんせ彼らは誇り高く、己れの信条を崩さず、かつ間抜けです。
餌をもらふ、といふ基本的な社会常識すら理解せず、隙あらば何かを狙っております。

以前わっしは、道の向こうにゐる鳩を狙って、人も車も多い道路をしづしづと匍匐前進して行く猫を見た事があります。
周囲のクラクションや人の叫び声などは一切意に介さず、ただただひたすら道向こうの鳩を狙い、狙い続けてぢわぢわと道を渡って行くのです。
さう、雑食の社会派動物である犬と違い、猫といふ種族は、肉食の狩猟性動物なのです。

一説によれば、文明が崩壊し、人類が死に絶えたあと、犬は人間とともに絶滅するであらう、と云はれております。逆に、猫は何世代かかけて環境に馴染み、野生に帰って行くであらう、と。

人間社会に組み込まれ、文字通りだいぶ「牙を抜かれた」状態になっておりますが、暗闇に光る野良猫たちの目の鋭さは、彼らが決して人間と相入れぬ存在であることを証明しております。

今も彼らは、虎視眈々と、何かを狙ってゐることでせう。

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さういへば昔、「なぜ猫たちはビルの屋上の手すりの上なんぞを歩くのか?」につひて語った事があります。
たれからも相手にしてもらへませんでしたが。

あ、ちなみにわっしは、犬も猫もおんなじくらい好きです。
自分が死んだ後に死骸を食って生き延びてくれても良い、と思ふくらいには好きです。