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プロフィール

しーシュ

Author:しーシュ
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    しーなとシュウ
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ピアノ&ボーカル 椎名まさ子
ベース&ボーカル 梶山シュウ
デュオユニット

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10月07日(月)

歌を歌い合うデュオ、のしーシュですが、わっしは相方であるしーなさんの、歌以外での「大声」をあまり聞いたことがありません。

もともと(私もですが)テンションが高いとは云へない人であり、なをかつ(私もですが)どっちかてーとボソボソ喋るタイプで、歌ったり演じたりするときの朗々とした声とは全然違います。

骨格や体格、アレコレで声の大小は様々ですな。
一般に大柄な人は声もデカいとは云ひますが、例外もあります。性格的な部分も多いでせうね。

大声で喋るのは公共マナー違反、とされることの多い日本語は、強弱による発声の使い分けが少ない言語です。
しかし、例えば中国語などは、口腔をいかに幅広く使うか、が発声のキモになる言語(はっきり発音を区分しないと別の意味になる言葉もある)で、チャイニーズが(日本の)公共における喋り声が大きい、と云はれる要因はそこにあったりします。

以前、なんか有名なバンドのメンバーの方を紹介して頂いた事があり、このお人が、もぅとにかく声がちぃさかった。
クラブ、てゆーか、音楽が常に流れてるやうな店で会ったんだけど、向かい合って座っててほとんど聞き取れないくらいちっさい。てゆーか、なんか『人に話そうとしてゐる』かんぢがしなくて、最初は聞き取ろうと頑張ってたんだけど、途中からハラが立って来て、完全に適当に相槌打ってました。そしたら話してくれなくなったので、まぁ『無礼な奴だ』くらい思われたのでせう(笑)。

まぁ少なからず何か伝え合おうとするならば、聞き手だけでなく話し手もなにがしか努力はするのが礼儀、ではないでせうかねぇ。四宮 正貴さんみたいに『無礼なのは君だッ!』と言ひたくもなりますよ。

クラブやバァなどで、5人以上の男女の集団がゐると、中に必ず「異常に声のデカイ」奴がゐます。
タマにさういふ場に居合わせたりすると、ぢっとツブサに観察してみるのですが、さういふ人は「この集団の中でいかに自分が目立つか」に命を賭けてゐるやうに思へます。証拠にさういふ人は声がデカいだけでなく、行動も派手です。
極楽鳥のコミューン、みたいなかんぢですかね?。
彼らに良き極楽浄土があらんことを


わっし自身はロックバンドのリハで「マイクは要らぬ」などといふやうな事をやってゐたくらい、歌声のデカさには自信がありますが、しーなさんも いざ歌うとなれば、そのわっしに食い下がるほどの声を響かせます。
人間はここゾ!て時に力を発揮できれば、十分に健全な人生が歩めるのです。それを知る事が「成長する」といふ事なのでせう。

まぁ でも、よく考へてみれば、しーなさんに限らず、わっしの身の回りにゐるやうな大人の女性が、そんな大声を上げる事など、ないっちゃナイですね。みなさんそれぞれ、立派な淑女=レィディでございます。逆にわっしこそが、それにふさはしき紳士たらんとせねば、でございますな。

ちなみに、長い付き合いの中で、しーなさんが「大声」を上げたのを「二回ほど」聞いた事があります。
どちらもエマージェンシィ・・・なにかにひどく驚かれた時でした。
さすがに朗々とよく響きました。

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09月02日(月)

街なかや往来で『ギャハハハ!』とデカい声で笑う女子が増えた気がします。
品がないですね。
中学生くらいの女子同士が、平気で「お前」とか云ひあってゐたりもします。
下品です。

口を隠して「おほほ」と笑え、とは云ひません。
快活な女子は好きです。
が、快活であることとガサツであることは違うのです。
粗暴であることと男らしいことが違うやうに。

一時期「男らしさ」にやたらこだわった時期がありました。
まぁ「中二病」といふやつですかね?。男の子なら誰しもがある事なのかもしれませんが、自分のそれを思ふとまぁ穴を掘って埋めてやりたい気もします。粗暴と男らしさを履き違えて、づいぶん色んな人を傷付けたのではないか、と思ひます。

この歳になってみると、「男らしい」といふ事が、本当はどういう事か、を理解しやうとします。
ボブ・ディランの名曲を訳した日本フォークのスタンダードにこんな部位があります。

男らしいって わかるかい?
ピエロや臆病者のことさ


まぁこの歌の意味は よぅ分からんのですが、わっしの男らしさの定義としては
「約束は守る」「愚痴は云はない」「言い訳はしない」「弱者に優しく」
そしてこれが肝心なのですが「高度な技術がある」といふことですかね?。

さうです。
たれもが認める高度な技術(技能)なければ、何事にも「男らしさ」を語ることはできんのであります。
フカしが得意なミュージシャンの本当の姿・・・、実力のなさが露呈してしまった時、それをむやみに責めない、のも男らしさでせうか?。
掃いて捨てるほどあるエピソードですが・・・。

超がつくベテランなのに、毎回たれよりも早く現場に来て、どんな条件にも嫌な顔一つせず、完璧な演奏をこなし、間違った場合は素直に謝罪し、ユーモアもあり、しかも威張らない、といふとあるギタリストの先輩が浮かびました。わっしが若い頃にお世話になった方です。
男らしい方です。

そのやうなものに、わっしもなりたい。


やたらとジェンダーフリーを訴える、とある女性論客が『なぜ日本は思春期の女性にスカートなどといふ無防備なものを履かせるのか?。あれこそ差別だ』と訴えておられました。

大股広げて公共の場に座り込み、ギャハハ笑いを響かせ、野卑な男並みに品のない言動を憚らぬ昨今の一部女子を、あの女流論客はどのやうに論ずるんですかねぇ?。『あれこそ自由な女性の姿』などと抜かすのでせうかねぇ・・。




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06月14日(金)

ぶろぐ3回連続でわっしシュウの投稿となります。

この時期恒例でしーなは国外放浪中。
今年は添乗員もガイドもなしに伊太利亜なんぞに行ってるさうです。
無事の帰国をお待ちしませうね。
フレンツェでハンニバル博士に見つからないやうにね。

夏に向けてこないだ久しぶりに頭を剃りまして。
まぁつるつるに剃った訳ではなく、ボーズぐらいのもんですが、此処んところ中途半端に伸ばしてたので、なんかスッキリしました。髪型を変える、といふはてきめん気分を変えてくれるもんですね。

20代の頃、づいぶん長い間長髪だったのをバッサリ剃ったときは、「人生なんでもできる!」みたいな気にさえなりました。単純でしたねぇ・・・。
それ以降は、まぁ伸ばしては剃り、伸ばしては剃り、を繰り返し、気がついたらあんまり生えて来ぬやうになってゐて、髪を切る(剃る)感動は薄れました。
それどころか、意を決して切った髪の毛の量のあまりの少なさに愕然とする事もあります。
「3年伸ばしてこれかよ!?」
といふやつですね。

昨今、健康な髪を持つ女子の間で「ドネーション」といふ制度が広まってゐるやうで、こは美容院とかで切った髪の毛を、しかるべき団体に寄付する、といふ事のやうです。病気やその他の理由でウィッグ(かつら)を冠らねばならぬ人のための、そのウィッグの素材になるさうです。
知人にも数名これをやった人がおるやうですね。

此処数年で男子のスキンヘッドが急増した感がありますが、わっしが初めて頭を剃り上げた時(最近は「スキンヘッド」と呼ぶと語弊があるさうで、「シェイブドヘッド」と言った方が良いさうですよ)は、まだあんまりさういふファッションは流布してをりませんでしたので、かなり奇異な目で見られたのは確かです。
怖がられもしましたよ(こんなに優しい目をしてゐるのに)。

まぁシェイブドはあれで、相当に面倒な「髪型」でありまして、あれをちゃんと維持するのは、やはり相当オサレにマメでないと難しいです。なんせ常に剃り上げてないといかん訳ですんでね。
それに比ぶれば「ボーズ」は本当に楽です。

壱回シェイブドを経験すると(似合うことがわかると)、後の人生が楽です。
歳とってホンマに髪が生えて来ずにみすぼらしくとも、最終的には「剃ればいいんだから」と開き直れるのは、だいぶ強いですね。

な訳で、またボーズなシュウになりました。
日々の暮らしがさらに楽になりましたよ。
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05月14日(火)

シュウですよ

音楽を仕事にすると、「英語の歌を唄わねばならん」といふシチュエーションが多々あります。

もとより「洋楽」から音楽に興味を持った世代なので、なにかカヴァーを、と考へたときには、やっぱり洋楽=英語の歌が脳内では優先されますね。
若い世代では、もぅ初っ端から邦楽=J-Pop、てのも珍しくないやうですが・・・。

でまぁ、わっしなんぞ学校の授業で英語の出来が良かったことはありません(激烈に悪かったこともないのですが・・・)ので、英詞を歌うと云へども英語が分かるわけでもない。
それらしく歌えはしますが、英語を読んでゐる、感覚とはちょいと違います。
それと逆に、ネイティヴ・スピーカーの方が、歌になると急に「?」となるケェスには、何度も遭遇してをります。

やはり「歌」は「言語」ではあっても「音楽」に含まれてゐるもので、それは言語としての完成度とまた違った完成度が求められるものなのでせうね。
数々の米国スタンダードナンバーのカヴァーを残した昭和初期の大歌手たちにも、英語が全く読めなかったといふ人も多かったと聴いたこともあります。
まぁ比ぶるのは烏滸がましいですが・・。

こないだ久しぶりにソロでラウンヂ演奏の仕事をこなしたとき、客席に欧米からの旅行者が居られることを知らず、英語の歌を歌いまくってをりました。終演後、そのことに気付いて慌てたのですが、その旅行者(ニュージーランドからの旅行者で、三世代家族)は、『たいへん良い歌をありがとう』と云ってくれました。
まぁ社交辞令もあるでせうが・・・。

場によっては『英語の歌を』と求められるケェスがあり、その場合「しらんぞ〜」と思ひながら演ります。
多くの場合、それを求めた側は特に英語の素養はなく、ただ単に「その方がオサレだ(に思える)から」に過ぎません。
で、わっしの経験上、「あんたの英語はデタラメだね」といふやうな事を云ふのは、間違いなく日本人ですね。
英語圏の聴き手からそのやうなクレームを受けたことは、今のところ一度もありません。

わっしはなぜか昔から、外国人に話しかけられることが多く、なんやかんやコミュニケートしてゐる様を見た友人に『お前の英語力で、なにをあんなに喋っておるのだ?』と不思議がられます。
まぁ話半分で無理やりコミュニケートしてゐるだけなのですが・・・。

「ハロー」すら云へなんだ友人が、ある日突然カリフォリニアへ行ってしまった、といふ事例がありまして。
まぁ典型的な直情行動型の人間のなせる技、としか言ひやうがないのですが、きっと彼のやうなタイプの人間には『言葉が通じなかったらどうしよう』などといふ思考回路はないのでせうね。羨ましくはあります。
数年して帰ってきたときには、フツーに英語を喋ってをりました。

そんなわけで(?)ここ数ヶ月くらい、ぢつは軽く英語を勉強してをります。
ラヂヲのさういふ講座をマメに耳にし、気が付いたところをメモに取り、といふ程度の勉強ですが、まぁ何もせぬよりはマシといふ自負にはなるのでせう。

質疑形式のトライアルにチャレンヂするのですが、これがことごとく間違えるのですよ。
いかにデタラメな英語でインドやらメキシコやら中国やら(中国は英語はほぼ通じませんでしたが)行ってきたのか、がよぅわかりますね〜。

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04月11日(木)

最近、なにやら『シュウ」といふ名前をよく聞くな、と思って調べたら、どーやらさういふ名前のイケメンキャラがアニメにゐるらしいがこちらはイケメンではない梶山シュウです。

いやいやいや・・・平成が終わるさうですね。
気づけば30年以上。
即位が早くて長生きした昭和天皇の60年以上には及びませんでしたが、まぁ、30年と云へば短くはないですな。

思へば、すべての価値観が音を立てて変わっていった感のある「平成」といふ時代でしたな。

考へてもみなさい。
まだ「テレホンカード」が贈答品として有り難がられてゐた頃から、たった30年で、今や「ケータイ電話」すら時代遅れな代物です。「コンピュータなんぞ素人が自宅に持ってなにすんねん?」と云はれてた頃から、たった30年で「あ〜俺ってパソコン見ないんス、ぜんぶスマホで」といふ時代に!。

仮にこの30年ナニかで意識を失ってしまい、今目覚めたとしたら、それはもぅ別の惑星に来てしまった錯覚すら覚えるのではないでせうか?。さうあの旧名作映画「猿の惑星」のやうに。


音楽では、あの空前のバンドブームがあり、社会現象となった「アマチュアバンド」といふものも、今やすっかり下火になりました。昨今は外に出ないで自宅で音楽を発信することは当たり前で、人前に出る必要のなくなった音楽家は「カッコ良い存在」であることも放棄しました。上下スウェットのボサボサ頭のデブ(←タマタマこないださういふ人の特集を読んだ)でも音楽界の寵児たりうる時代となり、かたや ほぼなんの才能もない見てくれがケバいだけの子供の集団が、仕掛け人の腕次第でTVの音楽番組を席巻する時代となりました。

パンクがフォークと合体して「メロコア」なるものが生まれ、「青春パンク」などといった訳のわからんジャンルが出来ました。ロックはひたすら低音化して行き、しかし本質的には30年でさほど変わったものはなく、古くからロックを聴く者からすれば、どれも「焼き直し」に過ぎぬ感は否めない。

その昔「パンク」に必要とされた既存社会への強固な反発や蹉跌は、「ラップ」といふものに引き継がれ、そのラップもまたソフィスケイトされ、「レゲエ」は戦いの音楽から癒しの音楽へ変貌しました。

ハード面ではDATとMDが生まれ、そして驚くべき速さで消えて行き、レコードがCDに追いやられ、店舗から姿を消し、そしてそのCDすら買われない時代になり、なぜかまたレコードが静かに必要とされてゐる・・・。


オモロいっちゃオモロい時代だったと思ひます。
個人的に、平成真っ只中の30〜40代にかけては、仕事が充実してゐたこともあって、ホンマに好きな音楽だけに没頭できてゐた気がしますね。

遍歴だけを追っても、R&B系バンドのシムプルなベース弾きからジャズロックバンドの変態プレイヤーおよびコンポーザーとなり、ベースソロでのパフォーマンスを始め、自分がリーダーを務めるプログレバンドを設立し、ソロでのツアー「唄旅」が始まり、そしてしーシュの結成、と、よぅ色々と頑張った30年、と思ひます。

音楽家として一番アブラの乗ってゐた時期に、現在につながる重要なパーソンと多く出会えたのは、ホンマにラッキーでしたね。こっから先はわからんですが・・・。


で、まぁ、気づけば「平成」も終わるんださうですよ。
まぁ、さうでせうよ。

ひとまわり若い世代のミュージシャンたちの意外にも多くのものが「平成最後」とか「令和最初」にこだわってゐる姿には、なんか違和感を覚えずには居れぬのですが、まぁ30年の間に、音楽をやる、といふことはさういふ事に変化したのでせう。

歌は世に連れ世は人に連れ


さ、唄を作りませうか。

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