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しーシュ

Author:しーシュ
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    しーなとシュウ
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ピアノ&ボーカル 椎名まさ子
ベース&ボーカル 梶山シュウ
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10月08日(月)

こんにちわ
シュウです

先日、久しぶりに自分らで運転する車で、中部〜東海を巡るツアーをこなして来ました。
ツアー車「ぐっち」にも、ついに超ハイテク機能「ETC」が搭載され、今後遠方への旅に車を使うパタンも増えるのではないでせうか?。

荷物がたくさん持ち歩ける
多量のお土産を頂いても大丈夫
楽屋がわりにできる
仮眠スペースになる

挙げてみればメリットの多い車の旅。
その快適さの理由の一つに、なんつっても「日本の高速道路のグレードの高さ」といふものがあります。

まぁ打ちつづく不景気のせいで、ガソリンスタンドが廃業になったサービスエリアも増えた、とは聞きますが、それでもまぁ、いくらか走れば、必ずポイントポイントにサービスエリア(パーキング)があり、自販機があり、トイレがあり、GSがあり、昨今は「ハイウェイ・オアシス」と名のつくアミューヅメント的なものまであるらしい・・・。

そしてワシがなによりスゴいと思ふのが、24時間、トイレがちゃんと機能してゐる、といふことです。

ちゃんと機能するトイレ、が各駐車場に確実に存在するスゴさ、てわかりますか?
どんな時間帯に行っても、ちゃんと照明がつき、ちゃんと水が流れ、ちゃんと「紙」があり、ちゃんと清掃が行き届き、ちゃんとした個室であり、さらにはそれらがすべてちゃんとした肛門洗浄器付きのハイテク・トイレである、といふ・・

世界的に見れば、そんなものが存在すること自体、珍しいのです。

まぁ、世界中を旅して廻った訳ではないので、もしかしたら他の国にもちゃんとした所があるかもしれんが、ワシが知る限り、だぃたぃ日本以外の「公衆トイレ」の現状には、筆舌に尽くし難いものがあります。

ただの「穴が開いてるだけ」てのぁ、まだ良い方です。

ある国では、「トイレ」と書かれた場所に行ってみたところ、そはどぅ見ても「廃材置き場」であり、当然カギなどかからず、ホンマにここでして良いのか?と思ひながら、まぁ、しました。

またある国では、「大」と「小」の区別がないのかなんなのか、そこには黒々と(以下自粛)

こは友人の話しですが、某国のバスステーションで、「ここがトイレだ」と案内された場所には、直径10mくらいの大きな「穴」が掘ってあり、客(?)はその穴の淵にズラリと輪を書いて座り、然るべき措置をとる、のださうで、彼曰く、巨大な穴に向かって全員がシリを出して座り(以下自粛)

そこまでではないにせよ、海外で一人でトイレに行く、といふのは、それが街中であってもなかなか勇気の要る行為であることは間違いない。

しかし日本のハイウェイにおけるトイレの、なんたる清潔感&安心感&充実。

昨今SNSやらで、ニポン人特有のあれこれを 美点としてこれ見よがしに自慢する傾向があり、時折「そは違うだらう」と思ふやうな的外れなこともあります。

が、トイレこそを誇れば良い!。

高速道路のトイレの清潔感&安心感&充実ッ。

世界に誇るべき、ニッポン高速道路のトイレ事情。

そは充分に、世界に誇って良い、ニッポンの美点であります。



ちなみに、わっしがよくやる「車中泊」において、トイレの確保は最重要。
車を停めた場所の近くに、いつでも借りれるトイレがあることを最優先課題として、駐車場所を選びませう。
寝れたは良いがトイレが近くになかった、では、結末は悲惨です。

気軽に考えてゐる人も多いけど、野放尿は立派に軽犯罪であり、「逮捕」「罰金」「拘留」の対象になりますので、くれぐれもご注意。

さういふ意味で、高速道路のSAでの車中泊は、ホテルでいふと「五つ星」に匹敵するのであります。

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08月08日(水)

シュウでありんす。

以前、このぶろぐで18切符につひての記事を書きましたね。

まぁまづはそれを読みんされ。
んで、今回、ソロとしては本当に久しぶりにこの18切符で大阪、名古屋、東京を廻るツアーをしてきました。
「乗り鉄」としてはまぁ 鉄分補給、てぇんですかね?

この18切符、慣れないとなかなか難しい、といふ事をこの時のブログにも書きましたが、わっしも使い始め当初はよく「失敗」をしました。けふはその「失敗」にしーなさんを巻き込んでしまった話。

年末に近い頃のツアー。
無事にライヴ日程を終え、帰りの便で、名古屋駅から広島までを全行程18切符(在来線)で帰る計画を立てました。
たしかしーなさんにとっては初めての長行程だったと思ひます。その時でワシはすでに何度か経験しておりましたが、名古屋〜広島間は、だぃたぃ8時間と半分・・・9時間弱で走破できます。
昼前に乗れば宵の口には広島だ。

「かういふの初めて♡」と意外にもワクワクしてゐるしーなさんに、この行程を経験してもらひ、『ほぅら線路ってホンマに続いてゐただらう?、そもそもこの線路といふは・・・・』と自慢げに云ってこの旅がクローズ、といふ計画だったわけです。

もぅその時点でかういふ旅に慣れてゐるつもりでゐたわっしは、その時「時刻表を持たないまま」電車に乗る、といふ事をしてしまったのです。あ、云っておきますがたれもスマホとかアプリとか、さういふ便利グッズ持ってない時代ですよ。
で、また、あらうことか「来た電車に乗る」といふ愚行を、してしまったのです。

経験者ならだいたいの行程が分かると思ひますが、大垣で乗り換え、米原で乗り換え・・・・・

異常を感じ始めたのは神戸のあたりでしたか・・・?

『ぬ・・?夕陽が見え始めてゐる・・・?』

これまで自分が経験して来た行程を思ひ起こすに、夕陽が見え始めるのは、少なくとも姫路を過ぎ、岡山に近づいた頃だったハズ。神戸らへんで夕陽が見える、なんて今までになかった事です。
やや焦り始めたわっしをよそに、しーなさんは「夕陽がキレイ〜」とか云って、電車内を駈けずりながら写真を撮りまくってゐる。

よーするに我々は(わっしは)、快速=新快速といふものの効率性、利便性を、軽視しておったのですな。

在来線の旅においては、今自分の乗ってゐる電車がナニか、を知っておくことが、何より優先される事実です。
西へ向かふ車両に乗りさえすれば着く、といふ無知な思ひ込みが、このままだと日中に(広島に)着かないかもしれない、といふ事態を招いたわけです(ちなみに京都〜姫路間、快速or新快速を使う使わんで1時間以上の差が出ます)

当時のしーなさんは、まだ幼い子供らを抱え、さういふ「よその家庭の母親を旅に連れ出す」といふ非常識をやってゐる、といふ認識もありましたので、ここで「帰れぬ」などとなった日にぁ、腹でも切らねばなりません。

実際は19時の時点で姫路に居れれば、なんとかその日のうちには広島に帰れたハズです。
が、パニくったわっしはひとりでアタフタして、逆にしーなさんを不安にさせてしまひました。

この時は、結局アタフタした挙句に岡山から新幹線に乗ったンだっけ?

この時の教訓は、今に生かされております。
すなはち

○:時刻表は必ず持つ(アプリがあっても(ワシはないけど)

○:とりあへず快速or新快速に乗る


ちなみに東京〜広島間も、頑張れば1日で走破できるさうです。

15時間。

やってみる?

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07月06日(金)

夏が近づいて来ましたね。

さう、短パンの季節です。
今年もしーなさんの美脚が解禁されております。
まぁ最近は季節問わずステージ上ではミニか短パンで、「あと一年」「あと一年」と云ひながら、美脚はまだまだ健在のご様子。
殿方諸兄、もぅ少し楽しめさうですよ。

ところで、間近に接してゐると気づくのですが、彼女、その美脚によく「青タン」をこさえておられます。
しかも、気づかぬ間に・・・

「これどしたの?」
「え?」
「また出来とるよ(痣が)」
「あら?ホントだ・・痛ッ・・・いっっ・・・た!」

といふ会話がよく成されます。
最近ではその青タンをわざと指で押して痛がらせる、すこしSなワシなのでした。

青タン=青痣とも云ひ、打撲による皮下出血が表層に透けて見える状態

「打撲などによる内出血」と医学的には云はれておりますが、内出血するほどの打撲をすれば、その時だって相当痛いはずですよねぇ。なのに、なぜそれを憶えておらぬのか、ワシには謎でした。
ところがぢつはこれ、女性によくあること、なのださうです。

あくまでも一般的に、ですが、男といふ生き物は「外傷」といふものに極めて過敏であり、その逆で女性はさういふ刺激に鈍感なのださうです。へ〜〜〜〜っ!。どういふ作用が働いてのことか、までは知りませんが・・・。

これも聞きかじった知識ですが、生き物といふは「痛みの記憶」を瞬時に忘れる本能を持ってゐるさうですねぇ。
そは、肉体がそんな記憶を(正確に)持ち続けてゐたら「生けていけない」ゆえの防御本能なのだとか・・・。

云はれてみると、痛みの記憶、てのはあくまでも心の記憶・・・・『痛かったなぁ』といふ気持ちの記憶ですよねぇ。
病気や骨折などでづっと痛い、てのは、その時生み出される痛み、を感じてゐる訳で、痛みの記憶が身体に残ってゐる訳ではないです。それを思へば「神経痛」ってイヤですねぇ・・。

話が逸れましたが、まぁそんな風に「瞬間の痛み」に鈍いゆえに、

青タンの 出来て気付く 過ぎし酒

といふ句が捻れさうな昨今ですが、まぁある意味「商売道具」な訳ですんで、しーなさんにはますます打撲に留意していただきたい、と、今年も思ひます。

さう云へば、いつぞやの夏だったかに、あまりにひどい青タンが出来てゐて、こはさすがに・・・となりまして、タマタマその時ワシが持ってゐた「タトゥー・シール」を貼ったことがあります。
これはなかなか好評でした。
彼女のイメェヂと反するところも、また・・・。

な訳で、もし彼女の足にタトゥーシール(か、それに準ずるもの)が発見された時には『あぁ、また青タンが出来たンだな』と思ってください。
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05月07日(月)

シュウです。

けふはなんでかカレーにつひて語りたいと思ひますよ。


異国発祥の食べ物であるにも関わらず、日本人ほぼ100%嫌いな人はおるまい、といふカレー。
多くの料理をする人が、おそらく一番最初の最初に・・・コツとか手順とか美味いとか不味いとか、さういふなにも分からずに 最初に作った、といふのは多分カレーではないか、と思ふのです。

カレーの起源はインドであらうと云はれております。
しかし、正式にはインドには「カレー」といふメニュゥはありません。
有り体に云へば、インドの食べ物は全部カレーです。色々名前がついてゐて、材料も調理法も違いますが、出来上がりは全てカレー。

インドを旅すると3日目で「もぅえぇ」といふ気になります。美味いけどね。

まぁこれは日本で云ふ「おでん」と「煮込み」と「旨煮」と「寄せ鍋」と「煮付け」が、全部 醤油と砂糖とみりんが使われてゐて、これらがオォマカに云へば全部同じ味、といふのを似てゐる訳です。


日本で知られてゐる、「いわゆるカレー」は、分類すると「欧風カレー」になります。
スーパーで売られてゐる固形ルゥも、レトルトのやつも、ちょっとしたリストランテ(インド料理屋以外)や、町のカレー専門店で供されるカレーはすべて、ヨーロッパから伝えられた欧風のカレーです。

複雑なスパイスの調合を要するインドのカレーを、食べ物に対しては超テキトーなイギリス人がシムプルにしてしまった、といふ向きもありますね。まぁそのおかげでカレーは世界に広まって行ったのでせう。

不確かな情報ですが、日本の「肉じゃが」は、カレーを作ろうとして失敗した末に生まれたレシピである、といふ説もあるやうですよ。なんかさういふのって良いスよね。

料理好きで知られるわっし。
もちろんカレーも作ります。インド式でも欧風でも・・・。

いつぞや夏の浜辺でわっしがカレーを作り、辛すぎて大人には不評だった事がありました。
味自体はたいへん良かったのですが、ホンマに辛かった。たしか鷹の爪の代わりにもみじおろしを使ったんだな。
失敗作 ではなかったんですが、全身の毛穴が開くやうなホットなカレーでしたよ。

ひゃあひゃあ叫ぶ大人らを尻目に、おいしぃおいしぃと食べてゐた4歳の女の子がおりました(友人の娘)。はじめお世辞で云ってンだらうと思ってましたが、お代わりまでして完食したところを見るに、ホンマに彼女の口には合ったのでせうね。作った本人が「辛すぎた」と思ふカレーを・・。

この女の子と15年後に再会する機会がありました。綺麗な娘さんに成長しておりましたが、「あの時のカレーを作った人ですよね?」と云はれて感動した覚えがあります。

「刺激の強い喰ひものは、脳にダイレクトに届き、記憶を鮮明に残す」、といふ事では絶対ないでせうね。

「アフリカ式カレー(オクラとココナツミルクとスパイスで作る)」を作った時もたいそう好評で、やはり3歳くらいの女の子がお代わりをしてくれました。
この娘とはついこないだ再会したのですが、やはり「カレーのおぢさん」として憶えてくれてゐるやうです。
あの娘も、やがて美しい女性に成長し、カレーおぢさんを憶えてくれてゐると嬉しいですな。

旅先のライヴ会場でも、賄いでカレーを頂くことは少なくないです。
これがだいたいはその店の「売り」である事が多いので、どれも大変おいしぃ。
どれも同じやうな材料使って、同じやうなものができるのに、少しづつ味が違って、それぞれウマい、といふ・・。

不思議な食べ物 カレー。
・・・てことでオチはありませんよ。

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03月01日(木)

この初春の九州ツアーで、会場入りまで半日 自由時間が取れた日がありましたので、太宰府にすこし寄ってきました。

しーなさんの娘さんの学業成就を祈願す、とのことで、ははぁここはさういふ神様の神社なのか、と。

まァわっしはツイデですので、しーシュの成就を祈願しました。

神社仏閣にはもともとそれほど興味がなく、ましてや名所旧跡にも興味が深くないので、これまで気に留めてませんでしたが、旅をするやうになると、各地の神社やお寺を訊ねたりするやうにはなりましたね。
ひとり旅の時、ぶらぶら町を歩いてゐても、道祖神や祠、などを見かけると自然に手を合わせるやうになりました。
クリスチャンのわっしですが、さういふのは「宗教」とは関係ないハズです。

太宰府ではいろんな発見がありました。

中でも目から鱗、だったのは『飛梅(とびうめ)』てのが、梅の品種ではなかった、といふ事ですか。

わっしぁてっきり桜のソメイヨシノ、だとか梨の幸水、とか、さういふ梅の『品種のひとつ』だと思ってたのですね飛梅。

飛梅伝説
平安時代の貴族・菅原道真は、平安京朝廷内での藤原時平との政争に敗れて遠く大宰府へ左遷されることとなった延喜元年(901年)、屋敷内の庭木のうち、日頃からとりわけ愛でてきた梅の木・桜の木・松の木との別れを惜しんだ。
                <中略>
伝説の語るところによれば、道真を慕う庭木たちのうち、桜は、主人が遠い所へ去ってしまうことを知ってからというもの、悲しみのあまり、みるみるうちに葉を落とし、ついには枯れてしまったという。
しかして梅と松は、道真の後を追いたい気持ちをいよいよ強くして、空を飛んだ。ところが松は途中で力尽きて、摂津国八部郡板宿(現・兵庫県神戸市須磨区板宿町)近くの後世「飛松岡」と呼びならわされる丘に降り立ち、この地に根を下ろした(これを飛松伝説と言う)[1]。
一方、ひとり残った梅だけは、見事その日一夜のうちに主人の暮らす大宰府まで飛んでゆき、その地に降り立ったという。




へ〜〜〜〜っ!
そんな伝説があるとはつゆ知らず!
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しーなさんからは『それを知らずしてアンタは『飛梅』を歌ってたのか?!』と呆れられてしまひました。

まぁ日頃 賢しらな言動が多いわっしを「博学」だと思ってゐる人も多いと思ひますが、実際はこんなもんですよ。
へへへ


あ、太宰府で知ったもぅ一つの新発見は、「梅ケ枝餅」てのが別に梅の味がするわけではない、といふ事ですか。
たっぷりの餡子とやーらかい餅がアツアツで、たいへんおいしぅございました。

もみぢまんぢうのやうなバリエーションで「梅味」があっても良いやうに思ひましたよ。
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